特許裁判例

 進歩性欠如を理由とする特許取消決定が取り消された事例

 原告:大日本印刷株式会社 v. 被告:特許庁長官
 特許取消決定取消請求事件

背景
 原告は、発明の名称を「発明の名称を「バリア性積層体、該バリア性積層体を備えるヒートシール性積層体および該ヒートシール性積層体を備える包装容器」とする特許発明の特許権者である(特許第6902231号)。本件特許について、異議の申し立てがなされ、取消理由通知を受けた原告は、本件特許の特許請求の範囲について訂正請求をした。特許庁は、本件訂正を認めた上で、本件発明は、主引用発明、副引例の記載事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明できたものであるとの理由により、本件特許を取り消す決定をした。原告は本件決定の取り消しを求める本件訴訟を提起した。

結論
 知的財産高等裁判所は、特許庁が容易想到性について個別に検討した本件発明と主引用発明との複数の相違点について、一体として検討すべきと判断し、主引用発明に副引用例に記載された事項を適用する動機付けがなく、本件発明は引用発明に基づいて容易に発明することができたとはいえないとして、取消決定を取り消した。

裁判所の判断 
<本件発明1>
 本件特許の訂正後の請求項1(本件発明1)は、以下のとおりである。
【請求項1】
 多層基材と、蒸着膜と、前記蒸着膜上に設けられたバリアコート層とを備えるバリア性積層体であって、
 前記多層基材は、少なくともポリプロピレン樹脂層と表面コート層とを備え、
 前記ポリプロピレン樹脂層は、延伸処理が施されており、
 前記表面コート層が、極性基を有する樹脂材料を含み、
 前記蒸着膜は、前記多層基材の表面コート層上に設けられており、
 前記蒸着膜が、無機酸化物からなり、
 前記バリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であるか、または、金属アルコキシドと、水溶性高分子と、シランカップリング剤との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であり、
 前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下であることを特徴とする、ボイルまたはレトルト用バリア性積層体。


<相違点>
 取消決定において認定された本件発明1と主引用発明(甲3発明)との相違点のうち、裁判所が一体として検討すべきとしたものは、以下のとおりである。

[相違点1-2]
 本件発明1は、「前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下である」のに対して、甲3発明は「該有機無機ハイブリッドバリア層は、X線光電子分光分析法によるアトミックパーセントの分析において、炭素と酸素と珪素が、それぞれ15~50%、30~65%、5~30%の割合で存在することが確認される」点。

[相違点1-3]
 本件発明1は、用途が「ボイルまたはレトルト用」であるのに対して、甲3発明は「食品等の包装材料として使用可能」なものである点。


<裁判所の判断>
 本件発明は、ボイル又はレトルト処理が行われる場合であってもガスバリア性の低下の抑制が図られるように、バリアコート層表面の珪素原子と炭素原子との割合を特定の範囲にしたものであって、高いガスバリア性を有するボイル又はレトルト用バリア性積層体を提供するという技術的意義を有するといえる。そして、本件明細書によれば、珪素原子と炭素原子の比(Si/C)の上限は、バリア性積層体を屈曲させてもガスバリア性の低下を抑制できるという観点から定められ、下限は、バリア性積層体を加熱してもガスバリア性の低下を抑制できるという観点から定められているのであるから、ボイル又はレトルト用であるか否かに係る相違点1-3と、珪素原子と炭素原子の比の数値範囲に係る相違点1-2は、一体として検討されるべきものである。

 本件決定は、甲3発明に、甲4記載事項のオーバーコート層における炭素原子に対する珪素原子の比率を適用するものである。
 しかし、甲4記載事項は、前提とする積層構造が、甲3発明と異なる上、以下のとおり、甲4は、甲3発明とは技術分野が共通するものとはいい難く、さらに、相違点1-3に係る構成(ボイル又はレトルト用)を開示又は示唆するものでもない。すなわち、甲4は、高温高湿な環境においても長期間断熱性能を維持することができる真空断熱材用外包材等の提供を目的とするものであるが、高温多湿な「環境」を想定するにとどまり、物を入れて積極的に加熱殺菌処理をする行為であるレトルトやボイルを想定しているとはおよそ考えられず、実際、甲4には、レトルトやボイルを前提とする記載はない。

 その上、甲3には、「炭素の割合が50%より多い場合、バリア性が温度、湿度の影響を受け易く、15%より少ない場合、バリア性が悪くなり、膜質が脆くなる。」として、炭素が少なすぎると膜質が脆くなることが示唆されているのに対し、甲4には、「オーバーコート層を構成する原子における、炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)は、0.1以上、2以下の範囲内であり、中でも0.5以上、1.9以下の範囲内、特には0.8以上、1.6以下の範囲内であることが好ましい。」という炭素原子に対する金属原子の比率を示す記載に引き続いて、「比率が上記範囲に満たないと、オーバーコート層の脆性が大きくなり、得られるオーバーコート層の耐水性および耐候性等が低下する場合がある。一方、比率が上記範囲を超えると、得られるオーバーコート層のガスバリア性が低下する場合がある。」として、金属原子に対して炭素原子の数が過剰に多くなるとオーバーコート層の脆性が大きくなって、ガスバリア性の低下につながる旨の記載があるところ、これは、上記甲3の記載と正反対の内容である。

 そうすると、当業者において、甲3発明の食品包装材料についてボイル又はレトルト用途とすることを想起したとしても、甲4におけるオーバーコート層を構成する原子における金属原子の比率は加熱によってもガスバリア性が維持されるかどうかとは関わりのないものであること、甲4には、炭素原子と金属原子の比率と、膜質の脆性について、甲3と正反対の記載があることに鑑みても、甲3発明とは技術分野も積層構造も異なる真空断熱材用外包材に関する甲4の積層体の中から、オーバーコート層付きフィルムの中のオーバーコート層及び無機層に関する記載に着目した上、オーバーコート層における炭素原子に対する金属原子の比率を参酌して、甲3発明に適用する動機付けを導くには無理があるというほかなく、本件決定の判断には誤りがある。

まとめ
 特許庁は、本件発明と主引用発明との複数の相違点について、それぞれ容易想到性を判断したが、裁判所は複数の相違点を一体として検討した結果、特許庁の判断を否定した。複数の相違点について個別に進歩性が否定された場合、発明の技術的意義に鑑みて、それらの相違点は一体として検討されるべきではないか、検討する余地があるといえる。また、本件発明のように、特定の用途において発明の技術的意義が明確となる場合、発明の用途限定が進歩性肯定のための有効な要素となりうることは、補正を行う上での参考となる。


[1] 令和5年(行ケ)第10091号 知的財産高等裁判所、令和6年4月22日判決

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