特許裁判例
本件発明2及び6は出願時に公知であった製品に基づき容易想到である、という審決を、取り消した事例
株式会社田中 v. 前田工繊株式会社1
特許取消決定取消請求事件
背景
被告は、発明の名称を「土木工事用不織布およびその製造方法」とする発明について特許出願を行い、特許権(以下「本件特許」という。)の設定登録を受けた。原告は、本件特許について、特許無効審判(以下「本件審判」という。)を請求した。特許庁は、審理の結果、請求項1、3~5、7に係る発明についての特許を無効とし、請求項2、6に係る発明についての本件審判の請求は成り立たない、との審決(以下「本件審決」という。)をした。原告は、本件審決に対して、本訴訟を提起した。
結論
知的財産高等裁判所は、本件審決のうち、請求項2、6に係る部分を取り消した。
裁判所の判断
本件特許の請求項1及び2は、以下のとおりである。
【請求項1】
ニードルパンチ方式で製造されたたておよびよこの伸び率が150%以上である土木工事用不織布であって、
不織布の繊維原料が白色繊維と、
前記白色繊維と同一繊維を特定色彩の顔料で着色した着色繊維との混合物からなり、
前記白色繊維および着色繊維が化学繊維であり、
前記着色繊維がカーボンブラック製の顔料を含んだ黒色系の色彩を呈し、
不織布本体が白色繊維と着色繊維の混合した鼠色系の色彩を有し、かつ不織布本体の外表面に斑模様を形成していることを特徴とする、土木工事用不織布。
【請求項2】
前記着色繊維の混合量が重量比で10~90%の範囲であることを特徴とする、請求項1に記載の土木工事用不織布。
請求項6は、発明のカテゴリーが不織布の製造方法であるという点を除いて請求項2と同一である。以下、請求項1、2及び6に係る発明を、それぞれ本件発明1、2及び6という。
本件審判において、原告は、出願時に公知であった製品を提出し、当該製品に基づき、本件発明2及び6の進歩性が欠如していることを主張した。特許庁は、本件発明2及び6では、「前記着色繊維の混合量が重量比で10~90%の範囲である」のに対して、前記製品では、「着色繊維の混合量が重量比で5%」であるという相違点があるため、本件発明2及び6は容易想到ではないと認定した。その理由として、前記製品は、一定の品質を保って製造されるものであるため、着色繊維の比率を変えるような設計変更をすることは通常行わないことなどを挙げた。
これに対して、裁判所は、本件発明2及び6は、前記製品に基づき容易想到であると判断した。裁判所は、前記判断の主な理由として、以下(1)~(3)を挙げた:(1)前記製品の仕様の一部を変更して、新たな仕様の製品を開発しようとすることは当然に行われる。(2)着色繊維の混合量を特定の数値範囲に定めることに特段の技術的意義があるとは認められない。(3)着色繊維の混合量を重量比で10~90%にすることは、前記製品とは別の製品においては認められることであり、技術常識であったと認められる。
まとめ
この事例では、着色繊維の混合量の重量比の数値範囲を特定することによって、本件発明2及び6の進歩性が認められるか否かが争点となった。本件審決において特許庁は、公知技術として提出された製品は一定の品質が保たれるものであるため、設計変更は行われないものであり、それ故、本件発明2及び6が容易想到でないと判断した。確かに同じ製品が一定の品質に保たれるものであることは当然のこととして理解できる。しかし、裁判所が前記(1)~(3)で示したように、着色繊維の混合量の変更が技術常識であり、また、着色繊維の混合量の特定による特段の技術的意義が認められない場合に、本件発明2及び6の進歩性が認められないのは当然といえる。
なお、本件発明2及び6のように、パラーメータ(着色繊維の混合量の重量比)の数値範囲を特定することについて「特段の技術的意義」が認められるためには、明細書で十分なデータが示されるべきである。しかし、本件特許の明細書では、「特段の技術的意義」を示す十分なデータが示されていなかった。パラーメータの数値範囲を特定することが発明の特徴となる場合には、明細書において十分なデータを示すことは必須である。
[1] 2024 (ケ) 10002(知的財産高等裁判所、2024年5月23日)