特許裁判例 

侵害訴訟において均等論が認められた事例
(控訴人X)株式会社しちだ・教育研究所 VS (被控訴人Y)株式会社キャニオン・マインド[1]
差止請求権不存在確認請求控訴事件

背景

 被控訴人Yは、発明の名称を「学習用具、学習用情報提示方法、及び学習用情報提示システム」とする本件特許権(特許第4085311号)の特許権者である。本特許権は、対応する語句が存在する原画の形態を、その語句と結びつけて憶えるための学習用具に関するものである。控訴人X及び被控訴人Yは、ともに、幼児教育の教室、オンライン講座、教材開発などを行っている日本の株式会社である。

 本件訴訟は、控訴人Xが、被告の有する特許権に係る特許発明の技術的範囲に属しないとして、被控訴人Yに対し、被控訴人Yが控訴人Xに対し本件特許権に基づく原告製品の生産等の差止請求権(特許法100条1項)を有しないことの確認を求める事案である。

争点と裁判所の見解
 原審及び控訴審の両方において、原告(控訴人)の請求は棄却された。具体的に、原告製品を使用したコンピュータは、「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」(構成要件B2)及びこれを前提とする構成を備えない点を除き、本件発明の構成要件を充足すると判断された。構成要件B2については、均等侵害が成立すると判断された。

裁判所の判断
 まず、発明の理解を容易にするために、参考用として、(a)被告の特許図面と、(b)原告製品の一例を示した表を添付する。


(a)被告特許図面


(b)原告製品の一例を示した表

 争点2(均等侵害)について、原審では、均等侵害の基準を示し、第1要件~第5要件の充足性について判断している。

 まず、第1要件について、原審では、“発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定される。”との基準を示し、“「画像選択手段」を「従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分」に含めるべき理由はない”とした。控訴審でも、「画像選択手段」が学習能率の向上に寄与するという原告の主張を採用できないとし、原審の判断を支持している。

 第2要件について、原審では、“本件発明の「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」(構成要件B2)を,原告製品を使用したコンピューターにおける選択手段に置き換えても,なお本件発明の目的を達成することができ,同一の作用効果を奏するものといえる。”とした。控訴審では、控訴人Xが、本件発明に原告製品を置き換えた場合,構成要件B2の「画像選択手段」によって達成される効果とは全く異なることとなるから,原告製品は均等の第2要件を充足しないと主張したが、採用されず、原審の判断が維持された。

 第3要件について、原審では、“原告製品の製造等の時点において,本件発明の「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」(構成要件B2)を,原告製品を使用したコンピューターにおける選択手段に置き換えること,すなわち,本件発明のように1つの記憶対象を選択するか,乙6文献に示唆されるような技術常識に基づき複数の記憶対象から成る1セットを選択するかは,当業者が容易に想到することができた”とした。控訴審では、第3要件は争点となっていない。

 第4要件について、原審では、“原告製品の構成は,本件特許出願時における公知技術と同一又は当業者が容易に遂行できたものとはいえない。この点に関する原告の主張は採用できない。”とした。控訴審では、控訴人が新たに示した甲12~甲14文献について追加で検討されたが、6つの相違点が認定され、少なくとも相違点4に係る本件発明の発明特定事項とすることは,特許発明の特許出願時における当業者が容易に想到し得るものではないから、他の相違点について判断するまでもなく、当業者が容易に想到し得るものではないとした。

 第5要件について、原審では、“原告指摘に係る本件補正の経緯をもって,被告は,特許請求の範囲につき,「一の組画の画像データを選択する画像選択手段」に客観的,外形的に限定し,これを備えない発明を本件発明の技術的範囲から意識的に除外したと見ることはできない。”とした。控訴審においても、“仮に,他により容易な記載方法があったとしても,出願人が,補正時に,これを特許請求の範囲に記載しなかったからといって,それだけでは,第三者に,対象製品等が特許請求の範囲から除外されるとの信頼を生じさせるとはいえない。”とし、原審の判断が維持された。

 以上より、原審および控訴審の両方において、原告製品を使用したコンピューターは,均等の第1~第5要件をいずれも充足する。したがって,原告製品を使用したコンピューターは,本件発明に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,本件発明の技術的範囲に属する、と判断された。

結論
 本件では、原審および控訴審の両方について、原告製品は、本件特許の構成要件B2である“前記組画記録媒体に記録された複数個の組画の画像データからの画像データを選択する画像選択手段”を備えているとはいえないと判断されている。

 裁判所は、本件特許の構成要件B2について、明細書の記載等を参酌して、“コンピューターが,その組画記録媒体に記録されている他の組画の画像データと区別して,一つの組画の画像データを選択することができるものであり,二つ以上の組画の画像データを同時に選択することしかできない構成は含まれないと解される。”と認定し、原告製品は、複数の都道府県を包含する地方単位での選択機能は有するが、都道府県単位での選択機能を有さない。したがって、原告製品は、構成要件B2を備えているとはいえないと判断した。

 本件発明は、“楽しみを感じながら知らず知らずのうちに容易に,かつ,忘却しにくい状態で都道府県や国等の名称を暗記する”ことを目的とした学習用具である。そうすると、原画と関連画が対応する語句とともに表示される(再生される)ことが発明の本質と考えることができるかもしれない。出願時に他社製品を網羅して予見することは非常に難しいが、発明の効果と一義的に対応する構成要件を抽出し、各構成要件について作用効果を奏するために必要かどうかを十分に検討することが必要であろう。また、請求項の技術的範囲として、訴訟段階では、権利化された請求項の文言よりも、より限定された範囲での技術的範囲の認定・解釈がされることがある点にも留意が必要であろう。

 なお、今回は、均等論が認められた事例を紹介しているが、2024年5月号で示したとおり、実際の訴訟では、均等論が認められない事案の方が多数を占める。具体的には、2022年1月以降に出された判決のうち、原告が何らかの形で均等侵害を主張した案件40件の中で、均等侵害が認められた事例は0件であった。したがって、均等論はあくまで予備的な手段であるとの認識が必要であろう。


[1] 令和3年(ネ)第10040号、令和3年10月14日判決、知的財産高等裁判所

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