特許裁判例
本件発明は引用発明及び周知技術に基づき進歩性がない、という審決を取り消した事例。
リケンテクノス株式会社 v. 特許庁長官[1] 審決取消請求事件
背景
原告は、発明の名称を「光拡散層形成用塗料、プロジェクションスクリーン用フィルム、及びプロジェクションスクリーン」とする本件発明について本件特許出願を行った。本件発明は、引例1~3に基づき容易想到であるという理由により、拒絶査定を受けた。このため、原告は拒絶査定不服審判を請求した。これに対して被告は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との本件審決をした。本件は、本件審決の取消訴訟である。
本件発明は以下のとおりである。
【請求項1】
(A)活性エネルギー線硬化性樹脂 100質量部;及び、
(B)希土類燐酸塩微粒子 0.1~50質量部;
を含むプロジェクションスクリーンの光拡散層形成用塗料。
争点と裁判所の判断
知的財産高等裁判所は、本件審決には、本件発明と引例1の発明(以下「引用発明」という。)との後記相違点1が容易想到かどうかという点、及び本件発明に引用発明からは予測できない顕著な効果があるかどうかという点、において判断の誤りがあった、という原告主張の取消事由を認めた。
判決理由
本件発明と引用発明との相違点は、以下のとおりである。
相違点1:本件発明においては、樹脂が「活性エネルギー線硬化性樹脂」であるのに対して、引用発明においては樹脂の種類が特定されていない点。
相違点2:「樹脂100質量部」に対する「希土類燐酸塩微粒子」の配合量が、本件発明においては、0.1~50質量部であるのに対して、引用発明においては、0.01~42.9質量部である点。
相違点2は本件の争点ではなく、知的財産高等裁判所は、相違点1についてのみ検討した。
相違点1に関して、本件発明は、透明スクリーンの周知技術であった「熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、又は活性エネルギー線硬化性樹脂」から、「活性エネルギー線硬化性樹脂」を選択した、いわゆる選択発明である可能性がある。
周知技術において、「活性エネルギー線硬化性樹脂」は、選択肢の一つとして知られているにとどまり、他の樹脂と比べて好適であること、すなわち「活性エネルギー線硬化性樹脂」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情のあることまでは、知られていたとはいえない。すなわち、引用発明において、樹脂として「活性エネルギー線硬化性樹脂」を選択しようとする動機付けは、周知技術から導き出されない。
そうすると、本件発明の進歩性判断に当たっては、引例1に開示されていない顕著な効果、すなわち、引用発明が奏する効果とは異質の効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏するか否かの検討が必要となる。本件審決は、本件出願の明細書に記載された実施例(例1~5)の間での拡散率及び視野角(以下「光散乱性効果」ともいう。)の違いは、光散乱体と周りの樹脂との屈折率差が大きいほど光は散乱されやすいという一般常識に基づく理論どおりであって、当業者が容易に推察でき、当業者が予測困難な効果ではない、と判断した。
しかし、この判断は、本件発明の奏する効果について、本件発明がいわゆる選択発明として特許性が認められるか否かとの観点から、本件発明は、引用発明が奏する効果とは異質の効果を奏するのかなどの検討を行った上でその効果を評価したものではないから、判断の前提において相当でない。
したがって、本件審決は、相違点1について、直ちに容易想到とした判断には誤りがあり、本件発明の効果についての判断にも誤りがある。よって、原告の主張する取消事由の一部には理由があり、本件審決は取り消すべきものである。
実務上のポイント
知的財産高等裁判所は、本件発明の透明スクリーンにおいて「熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、又は活性エネルギー線硬化性樹脂」を用いることが周知技術であったことを認める一方、その中から「活性エネルギー線硬化性樹脂」を選択することの動機付けは、いずれの引例からも導き出されないので、本件発明の相違点1について直ちに容易想到とはいえない、と判断した。このような理由で容易想到性の判断が覆るのは、審査段階で特に珍しいことではない。にもかかわらず、拒絶査定不服審判においても、本件発明が引例に基づき容易想到であったとの判断が維持された。
本判決を踏まえると、拒絶査定不服審判においても進歩性を否定する判断が維持された背景には、本件出願の明細書に記載された実施例からは、相違点1による本件発明の効果を裏付けることが難しかったことがあると考えられる。すなわち、明細書に記載された実施例からは、その効果が相違点1に起因するものであることが必ずしも明確ではなかった。
明細書にどのような実施例を記載しておくのがベストであるかを出願時に判断するのは容易ではないが、進歩性を適切に主張できるようにしておく一つの方策としては、出願前に先行技術調査を行い、主引用発明となり得る先行技術を見つけた上で、この先行技術との相違点をあらかじめ把握しておき、かつその相違点が奏する効果を主張できるような実施例を明細書に記載しておくこと、が考えられる。
[1] 2025 (Ke) 10043 (Intellectual Property High Court, March 26, 2026).
