特許裁判例
訂正請求を認めた上で無効審判を請求不成立とした審決に対し、誤訳の訂正を目的とする本件訂正が訂正要件に適合しないため、訂正は認められるべきでないとして、当該審決を取り消した事例
ジョイ- インターナショナル カンパニー リミテッド v. サイベックス ゲーエムベーハー[1]審決取消請求事件
背景
被告は、発明の名称を「車両シートに取り付けるためのチャイルドセーフティシート又はベビーキャリア及びそのようなシートのためのサイドインパクトバー」とする発明について、ドイツ語を原文とする国際出願をおこない、特許権第6328108号(以下「本件特許」という。)として設定登録を受けた。原告は、本件特許について、特許無効審判(以下「本件審判」という。)を請求した。被告は、誤訳の訂正を含む訂正請求をした。特許庁は、訂正を認めた上で、本件審判の請求は成り立たないとの審決(以下「本件審決」という。)をした。原告は、本件審決に対して、本訴訟を提起した。
争点と裁判所の判断
知的財産高等裁判所は、「本件訂正が訂正要件に適合するとして本件訂正を認めた本件審決の判断は誤りである。そして、本件訂正を認めた本件審決の判断の誤りは、発明の要旨認定の誤りに帰することになるから、この誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。」として、本件審決を取り消した。
判決理由
被告は、本件訂正請求書において、誤訳の訂正を目的とする訂正をおこなった。具体的には、衝突により発生する力の伝わり方に関する明細書の段落[0008]の記載について、「子供の側部から直線的に離れて、子供の体に入る代わりに」から「子供の体に直接的に伝達するのではなく、子供の体のそばを通り過ぎて」へ訂正した。また、この訂正が認められることを前提として、訂正後の段落[0008]を根拠に請求項1を同様の記載へ訂正した。この訂正において、ドイツ語の「linear」は訂正前に「直線的に」と訳されていたが、訂正後には「直接的に」と訳されている。被告は、訂正前の逐語的な翻訳よりも訂正後の方が前後の文脈とも整合し、意味内容がより正確で、原文に忠実になると主張した。
これに対し、裁判所は、外国語特許出願に係る特許の無効審判請求における訂正請求において、特許法134条の2第1項ただし書2号に定める誤訳の訂正に当たるためには、
①国際出願の原文の記載と、設定登録時の記載の意味が、翻訳の誤り(誤訳)により異なること
②訂正後の記載は、原文の記載の意味を表すものとして、両記載の意味が一致すること
の二つの要件を満たすことが必要であると示した。
そして、裁判所は、訂正前の本件明細書等の「直線的」の意味が、翻訳の誤りにより原文の「linear」の意味と異なるものということはできないから、要件①を満たすものといえない上に、訂正後の記載が原文の記載の意味を表すものと一致するものともいえないから、同要件の②も満たさない、と判断した。
また、被告が上記段落[0008]の訂正が適法であることを示す箇所として段落[0019]を参酌する旨記載していたことについて、裁判所は、「訂正の対象となっている当該記載部分以外の明細書の記載を参照する余地は基本的にない」とした。
以上により、裁判所は、訂正は認められるべきでないとして、当該審決を取り消した。
実務上のポイント
本判決では、外国語明細書に基づく訂正において、誤訳の訂正が認められるのは、翻訳の誤り(誤訳)により記載の意味が明らかに異なる場合に限定されることが示された。外国語の原文を日本語訳する際には、原文の意味に忠実でありつつ、自然で読みやすい表現とすることが好ましいが、その両立が難しい場面も少なくない。逐語訳寄りの翻訳の結果、日本語として多少不自然で技術内容が伝わりにくい記載となった場合であっても、原文と意味が同じである限りは誤訳には当たらない。たとえ当該記載が技術内容の説明において重要であっても、これを自然な日本語にするために意味を変更する訂正は、誤訳の訂正として認められないことに留意する必要がある。
[1] 2024 (Ke) 10100 (Intellectual Property High Court, October 8, 2025).
